LOGIN自宅に戻った僕は、しばらくの間、自室でぼうっとしていた。
『次の土曜日の夜に』という彼の言葉と、手の甲に触れた唇の感触が忘れられない。
あの後、僕達が体を重ねることはなかった。とはいえ、緩い愛撫がエスカレートしないわけもなく、僕は彼を求めた。でも、自分でセックスはしないと言ってしまった手前、それを口にすることはできなかった。
視線で察したのか、相沢さんは「あんな事、言わなきゃいいのに」なんて言いながら、僕の股間に顔を近づけ、僕自身を口に含む。そのまま口でされて、達してしまった。それが、今から三十分ほど前の事だ。
「次の土曜日、か……」
カレンダーを見る。無意識に数えて、土曜日までが長いなんて思ってしまう。
まさか自分が、ここまで心待ちにしているだなんて思っていなかった。これではまるで、ホストに入れ込む女性客みたいだ。
「同性と、こんな関係になるだなんてな……」
乾いた声で自嘲する。
昔の自分からは、本当に考えられない事だった。体を重ねるのは、好きな人とだけと考えていた。それなのに――。
「――っ!」
先ほどまで触れていた彼の指の感覚が、鮮明に思い出され、僕は一人、声を殺して悶える。
無意識に手が下半身に向かい、自身に直接触れた。彼の手の動きを再現するように動かす。
(ぁ、やば……。気持ち、いい……!)
自分の体が作り替えられたことに、戸惑いはある。けれど、それ以上に、彼に教え込まれた快感が忘れられない。幸せを感じられるなら、体だけの関係でも悪くないとさえ思えてくる。
翌日から、日課だった篝火通いを土曜日だけにした。マスターと理沙さんに、何かあったのかとたずねられ、適当に誤魔化す。相沢さんとの待ち合わせだなんて、さすがに言えない。
仕事に戻る理沙さんと入れ違いに、相沢さんがやってくる。
「佳晴さん、いらっしゃい」
彼の爽やかな笑顔に、僕の胸は高鳴り、腹の奥が疼く。
「……どうも」
気恥ずかしさと欲情している事を悟られたくなくて、僕は素っ気なく返してしまった。
相沢さんの表情が、ほんの一瞬だけ曇った気がした。
何だったのだろうと思っていると、「ご注文は?」とたずねられる。
「あ、えっと……チャイナブルーとローストナッツをお願いします」
「かしこまりました」
うなずく相沢さんは、手際よく青く透き通るカクテルを作る。
「お待たせいたしました」
と、チャイナブルーとナッツの盛り合わせが、僕の目の前に出される。彼の声は、バーテンダーとしてのそれで。僕と彼の間に、見えない壁があるような気がした。
「……ありがとう、ございます」
そう言って、僕は青いカクテルに口をつける。いつも通りの味なのに、少し味気なく感じた。
ちらりと、相沢さんをうかがい見る。シックな制服姿が、相変わらず決まっていてかっこいい。
「どうされました?」
僕の視線に気づいたのか、相沢さんがたずねた。
「あ、いや……この前みたいに、ぐいぐい来ないんだなって思って……」
そう言った直後、僕は何を言っているのだろうと視線をはずした。
「へえ? 佳晴さんって、押しが強い人が好みなんだ? いい事、聞いた」
ふふっと、相沢さんは妖艶に笑う。
不思議なことに、その声音を聞いて、安堵している自分がいた。それに気づかない振りをして、僕は言葉を紡ぐ。
「そ、そんなんじゃ……! ただ、ちょっと気になっただけで……」
「慌てなくても、後でたっぷり……ね? それに、ここではそういう事はなし、なんでしょ?」
小声でたずねる彼に、僕は小さくうなずいた。
『ここにいる限り、指一本触れない』
それは、以前、僕が自分で言い出した事だ。まさか、ここにきて、過去の自分に腹を立てる事になるとは思ってもみなかった。
(でも……どうして、こんなにムカつくんだろ?)
腑に落ちなくて、僕はむすっとして黙々とナッツを口に運ぶ。
相沢さんの小さなため息が聞こえて、僕は彼に視線を向けた。
「まったく、子供みたいな拗ね方するなって。ここでは、あくまでも店員と客。あんたがそう言ったんでしょ?」
「それは、そうだけど……」
反論しかけて、彼の目が笑っていないことに気がついた。どうやら、相沢さんは、僕が彼に対して怒っていると思っているようだ。
弁解しようと口を開きかけた瞬間、
「相沢君、ご指名だよ」
マスターの声でタイムアップが告げられた。
「それじゃあ、また。ごゆっくり」
と、相沢さんがテーブル席へと向かっていく。
僕は、彼に手を伸ばしかけて、グラスに触れる。冷たい無機質な感触に、少しだけ冷静さを取り戻した。
なぜ、こんなにも胸がざわつくのだろう。今までは、すれ違っても何も感じなかった。でも、あの夜以来、相沢さんの影がちらつく。体は、確実に覚えている。彼の熱を、形を、感触を――。
もしかして、僕は、彼に沼っている……?
違うと否定するのは、さすがにもう無理だった。彼に会える土曜日の夜を楽しみにしているのだから。
諦めにも似たため息をつき、グラスを傾ける。のどに流し込んだカクテルは、不思議なほどに本来の爽やかさを取り戻していた。
先ほどの彼の言葉が、脳内で繰り返し再生される。そのせいか、飲み慣れているはずのカクテルで、いつもより酔っているような気がする。火照った体が、早くと彼を求めている。
「お待たせいたしました」
ふと、相沢さんの声が正面から聞こえた。
意識を向けると、彼がきれいな淡黄色のカクテルを僕の前に置いたところだった。
「え……あの、頼んでない……」
「このカクテルの名前、教えましたよね?」
口調はあくまでも仕事用だけれど、言葉の意味するところは、完全にプライベート用だった。
酔った頭でも、それが意味するところはすぐに理解できる。このカクテルの名前――ビトウィーン・ザ・シーツ。つまり、
僕は、無言でうなずいて、それを受け取った。
「よかった。もしかしたら、受け取ってもらえないかもなんて思ってました」
と、相沢さんは、ほっとしたような笑顔を浮かべる。
「そんなわけないじゃないですか。もう、
真正面から彼に告げて、僕は淡黄色のカクテルに口をつける。
強いアルコールに、わずかに眉をひそめる。けれど、すっきりとした甘さは、僕好みの味だった。
「僕……この味、好きだな」
なんて、思った事が口からこぼれてしまう。
「そう、ですか……」
と、相沢さんは面食らっていた。
「あれ、何か変な事を言いました?」
僕が小首をかしげると、彼はゆっくりと首を横に振った。
「変な事だなんて、とんでもない。お客様の反応が、想像よりも好印象だったので驚いただけです。それでは、
爽やかなのに妖艶な笑みを浮かべると、相沢さんは次の客のもとへと向かった。相沢相談所は、今日も大忙しのようだ。
彼の後ろ姿を見ながら、カクテルを煽る。僕の股間が、ひくひくと布地を押し上げているのは、強いアルコールのせいだけではないだろう。
(何だか、変態みたいだな)
と、苦笑するけれど、それでもいいと思ってしまった。
カクテルを飲み干し、ナッツを完食する。スマホで時間を確認すると、午後十時三十分をすぎたところだった。
店を出ると、思いのほか、夜風が心地よかった。
自宅に戻り、シャワーを浴びる。彼に抱かれるなら、少しでもきれいにしておきたかった。
髪を拭きながら、スマホに表示されている時計を確認する。篝火が閉店するには、まだ少し時間があった。
彼の部屋に、すぐに向かうかどうかを思案する。でも、体の奥のどろりとした疼きは、待ってはくれなかった。彼の顔を思い浮かべるだけで、自身がひくりと反応してしまう。
「……行くか」
家を出ると、冷たい夜風が頬をなでる。
アパートの二階に上がり、静まり返った廊下を歩く。彼の部屋に到着し、インターホンを押した。案の定、返事はない。扉を背に座り込み、彼の帰りを待つ。
時折、車が通る音が遠くで聞こえた。しばらくすると、静寂が戻ってくる。僕の鼓動だけがうるさい。
落ち着こうとして、スマホ画面を見る。まだ十一時前だった。何だか、いつもより時間の進みが遅いように感じる。
(……どうして、こんなに待ちわびてるんだろう?)
わずかに見える夜空を見上げながら、ふとそんな事を考える。
また、あの悦楽を味わいたいのは事実だ。けれど、理由はそれ以外にもある気がする。それが何なのか、自分でもよくわからない。
小さくため息をついたところで、階段を登ってくる足音が聞こえてきた。
どきりと、心臓が跳ねる。階段の方へと視線を向けて、逸る心を落ち着けるように深呼吸を繰り返す。
しばらく見つめていると、足音の主が階段を登り切った。
「佳晴さん!?」
驚いた声を上げて、足音の主――相沢さんが、駆け寄ってくる。
僕が、尻についた汚れを落として立ち上がると、
「何で、こんなところで? 言ってくれたら、鍵、渡したのに……」
と、彼は申し訳なさそうな表情をする。
「ごめん。図々しいかと思って……」
僕は、申し訳程度に謝罪する。
「そんな事ないよ。ったく、しょうがねえな」
なんて言いながら、彼は僕に口づけた。
「……っ!」
ほんの少し触れるだけのキス。それだけで僕は欲情してしまう。
「おいで」
そう言われるまま、僕は彼の部屋に入った。
「……ん゛ぅっ!?」
寝室に通された直後、相沢さんに噛みつくようなキスで口を塞がれる。唇の隙間から、彼の舌が容赦なく入ってきた。歯をなぞられ、舌を絡められ、口内を舐め回される。それがとてつもなく気持ちよくて、思わず彼にしがみついてしまった。
「んっ……ふぁ……ぅ」
僕が漏らす甘い吐息さえも、彼に飲み込まれていく。
「あ……相沢さん、どうしたの? なんか……この前と、違う……」
どちらからともなく離れた後、僕は息も絶え絶えにたずねた。
「悪い、余裕ないんだ。誰かさんのせいでね」
ギラついた雄の顔で、相沢さんがそんな事を言う。
彼の言う『誰かさん』が、自分の事だと自覚する前に、腹の奥がきゅうっと疼いた。彼が欲しくてたまらない。
僕は、無言で彼にキスをした。彼に比べれば拙いかもしれないけれど、必死に舌を絡める。
一瞬、相沢さんは驚いたようだったけれど、僕を受け入れてくれた。
甘いキスで完全にスイッチが入った僕達は、ほぼ同時に服を脱ぐ。ベッドに行くと、僕は相沢さんの股間に顔を近づけた。
「おっと! 今日の佳晴さんは、積極的だね」
「相沢さんが……欲しくて……」
うわ言のように言って、上目遣いで彼を見る。
「……ったく、堪え性がねえな。じゃあ、佳晴さんの足、こっちにちょうだい」
相沢さんが、にやりとして言った。
僕が躊躇すると、
「俺も、佳晴さんの舐めたい」
いいでしょ? と、彼の視線が言外に告げる。
僕は、渋々といったふうで、彼の顔の前に跨がった。
「いい子だ」
そうつぶやく彼の吐息が、僕自身に当たり、ひくひくと戦慄いてしまう。
恥ずかしさを隠すように、僕は相沢さん自身に舌を這わせた。びくりと震え、彼が小さく声を上げる。
(気持ちいい、のかな……?)
そんな事をぼんやりと思った僕は、一気に相沢さん自身を咥えた。
「あ゛っ……! やば……気持ちいぃ……」
喘ぐように言うと、彼は僕自身を咥えた。
「ん゛ぅっ……! ふぅ……ん!」
相沢さんの温かい口内に包まれ、僕は彼自身を咥えたまま喘いだ。
僕達は、我を忘れて快楽を貪り合う。部屋に響く卑猥な水音と僕達のくぐもった喘ぎ声が、互いの欲望を昂らせる。
「よしはる、さん……挿れていい?」
切羽詰まった声で、相沢さんがたずねる。
僕は、相沢さん自身から口を離し、挿れてほしいと告げた。
すると、相沢さんは無言のまま、僕を後ろからいきなり貫いた。
「あ゛っ……! い゛……いき、なりは……っ!」
慣らしていなかったからなのか、裂かれるような痛みと質量の暴力に涙が出る。
「悪い。今、マジで余裕ないんだ」
そう言うと、相沢さんは激しく抽挿を繰り返す。
「ゔ、ぁあ゛っ……は、はげし……い、よ……」
甲高い僕の嬌声が、室内に響く。もう少しゆっくりにしてほしいと、喘ぎながら告げても、相沢さんは聞いてはくれなかった。
(息、できないっ……!)
酸欠のせいなのか、目の前がチカチカと明滅する。なのに、僕の腰の動きは止まらない。もっと……と、相沢さんを欲していた。
「あ、やば……イキそうっ……! よしはる、さんもイキそう? ケツ穴、ひくひく……してる!」
相沢さんに指摘されて、僕は自分が限界であることに気づいた。
「イ゛……く! も……むり……! あいざわ、さん……イ、かせて!」
「いいぜ。奥、出すから……受け止めろ、よっ!」
言いながら、彼は僕の最奥を抉り、欲望を吐き出す。
ほぼ同時に僕も果てた。じわりと染みる腹の奥の感覚に、幸せを感じながら。
日常に戻った僕は、わくわくしながら日々をすごしていた。仕事をしていても、心の中はどこか落ち着かない。浮き足立っているのは、周囲にもバレていたようで。同僚から、何かいい事でもあったのかとたずねられることが何度かあった。その度に、曖昧に言葉を濁す。時間はあっという間にすぎて、内見当日。僕は竜希を連れて不動産屋へと向かった。窓口で内見の予約をしていると伝えると、「いらっしゃいませ。相馬様ですね? お待ちしておりました」と、長身ですらりとした男性が奥からやってきた。「あ、はい! よろしくお願いします」その男性の凛とした雰囲気に、変に緊張してしまう。「そんなに緊張しなくて大丈夫ですよ。物件には、すぐにご案内いたしますから。リラックス、リラックス」彼は、優しい笑顔を浮かべる。目つきが鋭いから少し身構えてしまったけれど、案外いい人なのかもしれない。「申し遅れました。私、担当の君島と申します」と、丁寧に名刺を差し出された。「ご丁寧に、どうも」なんて、平静を装いながら受け取る。でも、内心は、やらかしたと焦っていた。普段なら、自分の名刺は持ち歩いている。でも、休日はさすがに持っていなかった。「佳晴さん、落ち着いて」大丈夫だからと、竜希が耳もとでささやく。その声音に、心は一瞬にして落ち着きを取り戻した。「どうかしましたか?」と、怪訝そうな君島さん。何でもないと取り繕うと、「それでは、私どもの車で向かいますので、こちらへどうぞ」と、店の外に案内された。駐車場を少し歩くと、真っ白な車が数台ほど停まっている。ドアの側面には、この不動産会社の社名が大きく入っていた。「助手席と後部座席に――」「いえ、俺達は後ろに乗りますので」君島さんの言葉を遮って、竜希がそう宣言した。君島さんは気分を害した風もなく、にこやかに了承してくれた。「ちょっと、竜希。どういうつもりだよ」小声
竜希の家に戻ると、彼は先ほどと同じ席に座っていた。ラフな普段着に着替えていて、髪が濡れている。その後ろ姿に、ときめいてしまった。「ただいま」平静を装いつつ声をかけて、彼の隣に座る。「あぁ、お帰り。レモネード、作り直そうか?」竜希の問いに、目の前にあるグラスに視線を向けると、レモネードが半分ほど残っている。(ゆっくり飲みたかっただけなのに、変に気を遣わせちゃったかな?)なんて思いながら、大丈夫だと答えた。「でも、もう冷たくなくなってるだろ?」「そんなに長時間、置いてたわけじゃないから大丈夫だって。それに、せっかく竜希が作ってくれたんだから、捨てるのはもったいないよ」僕がそう言うと、竜希は照れくさそうにはにかんだ。「佳晴さんがそれでいいなら、いいけど。もし飲み終わったら、速攻で作るからな」「わかったよ。それじゃあ、物件探しではずせない条件、挙げていこうか」と、パソコンを起動しメモ帳を開く。「やっぱり、駐車場は必須だよな。俺のと佳晴さんので、二台分」「そうだな。駐車しやすいとこだと、なお良しって感じかな」言いながら、メモ帳に入力していく。「佳晴さんは、何階想定で考えてる?」「そこは、特に考えてなかったな。一階だったら、割と楽だけどね」確かにと、竜希が同意する。それから、キッチンの収納やクローゼット、バス・トイレ別など、互いに譲れないこだわりを書き出していく。「俺はこんなもんだけど、佳晴さんは? 他に希望ないの?」「僕? そうだなー……風呂場とトイレは、ある程度、広い方がいいかな」「風呂場……? なんだ。そういう事なら、言ってくれればいいのに。裸のつき合い、しようぜ」妖艶な笑みを浮かべる竜希に、肩を抱き寄せられる。その色香に流されそうになるけれど、どうにか耐える。「そ、そうじゃなくて! 風呂場もト
『一緒に暮らそうか?』竜希にそう誘われてから、僕の思考は袋小路に迷い込んでいた。もちろん、とてもうれしい。うれしいのだけれど、本当にその申し出を受けていいのか、わからなくなっていた。食事中や仕事中――それこそ朝から晩まで、考えるのはそればかりで。「竜希と一緒に暮らす、か……」リビングのソファーに深く腰かけてつぶやく。彼ともっと一緒にいたい気持ちと、自分なんかで本当にいいのかという思いが、堂々巡りをくり返す。「……臆病すぎるだろ、自分」と、大きくため息を吐く。あずさとの間でも、そういう話が出たことはあった。当時は、今みたいに舞い上がっていたと思う。でも、臆病風に吹かれたのか、あずさと一緒に暮らすことはなかった。(……変われたと思ったのは、気のせいだったのかもな)なんて、自嘲する。竜希が隣にいたからこそ、勇気が出ただけなのかもしれない。『変わりたいんじゃなかったのか?』内なる自分に詰められる。うじうじしている自分を変えたいと思ったのは、嘘ではない。竜希の隣なら変われると思った。でも、一人になると、弱気な自分が顔を出す。「どうすればいいんだよ、僕は……」もう一度ため息をついて、うなだれる。(竜希……)何の気なしにスマホを手にして、竜希とのメッセージ画面を開く。そこに、明確な答えなんてあるわけもないのに。ログを遡り、やり取りを見返していく。彼の優しさが、そこかしこに散らばっていて、思わず口角が上がる。重く沈んでいた心が、わずかに軽くなった気がした。『感情で考えてもいいんじゃない?』唐突に、竜希の言葉が耳の奥に響いた。本気で変わりたいと思ったきっかけでもある。感情で考える――つまり、自分がどうしたいかということだ。(そんなの決まってる! 竜希ともっと一緒にいたい)それではどうするかと考えた時に、はたと気がついた。心は、もうとっくに竜希と一緒に暮らすことを決めていた。
「ぁ……ごめん、汚しちゃった」僕は、荒い息のまま謝罪する。僕の足先の床に、白濁の液体が水溜りのように広がっている。「あぁ、別にいいよ。後で掃除するから。それよりさ、ベッド行こうぜ」「あぇ……ベッド?」「あんたのかわいい顔見ながら、イきたい。いいだろ?」竜希は、そうささやいて僕の耳たぶを甘噛みする。「ん……っ! ぁ……少しだけ、じゃなかった?」「満足させてくれって言ったのは、あんただぜ?」くつくつと笑う竜希は、僕から自身を抜いた。「ひぅ……」ずるりと引き抜かれる感触に、思わず声が出てしまった。「こんなんじゃ、まだ足りねえだろ?」妖艶に告げる竜希に、僕は無言でうなずいた。「だよな。おいで」彼にうながされてベッドに向かうと、優しく押し倒された。「佳晴さん、かわいい。ずっと、俺だけ見てて」竜希はそう言うと、僕の返事を待たずにキスをした。優しく甘く温かいキスに、ゆっくり溶けてしまいそうだ。(僕だけ見てて、竜希……)独占欲にも似た感情が、胸の中に溢れてくる。息が苦しくなるのも構わずに、僕達は貪るようにキスをする。呼吸の一つ、唾液の一滴さえも逃したくないくらいに夢中になっていた。「んぁ……」甘くとろけた吐息が漏れた。舌もしびれている。(このまま、キスしていたい……)ぼんやりとそんな事を思っていると、竜希の唇がふっと離れた。名残惜しくて目を開けると、竜希は瞳をギラつかせていた。本能むき出しの姿に雄を感じて、心臓が跳ねる。同時に、僕自身が硬く反り勃ち、腹の奥が疼いた。「た、つき……」もたつく
注文していたピザが届くと、僕達はいつものように向かい合って食卓を囲んだ。僕の前にはアスパラとベーコンとコーンが乗ったピザが、竜希の前にはペパロニがたくさん乗ったピザが置かれている。いただきますと言って食べ始める。シャキシャキとしたアスパラの食感とベーコンの塩気、それにコーンの甘味がちょうどいい。「佳晴さんのも美味そうだな。一切れちょうだい」「いいよ。そっちの、一切れもらっても?」「もちろん」と、互いのピザの一切れを交換する。もらったピザを一口食べると、ペパロニ独特の肉の味とチーズのコクが口の中いっぱいに広がった。「これも美味しいな」「だろ? 一番好きなピザなんだよね。こっちはどうかな、と。……美味い! これ、好きだ」アスパラベーコンのピザを一口食べると、竜希の顔に満面の笑みが咲いた。「よかった、気に入ってもらえて。このピザ、僕のお気に入りなんだ」「じゃあ、よく頼むんだ?」「うん。たまに、別のを選ぶけどね。期間限定のとか、クアトロフォルマッジとか。でも、結局これに戻っちゃうんだよね」「ああ、それは確かにわかるかも。食い飽きない味だもんな、これ」言いながら、竜希はその一切れを頬張る。そんな彼を見て、ほっとすると同時に笑みがこぼれた。誰かと好きな味を共有できることが、とてもうれしい。それに、自宅で食べるピザよりも、格段に美味しい気がする。(これも、竜希と一緒だからかな)なんて、自然と彼に視線が行く。「どうしたの? そんなに見つめてくれちゃって。もしかして、もう一切れ欲しい?」小首をかしげて、竜希は自分のピザを指さした。「違うよ。竜希と一緒だから、ピザが美味しいなって思っただけ」僕は、わずかの逡巡、思ったままを伝えた。「……そっか。それなら、よかったよ」と、竜希はにやりと口角を上げる。けれど、爽やかな笑顔とも妖艶なそれとも違う。少しだけ、揶揄いが含まれているような感じがした。
カフェを出た僕達は、真っ直ぐアパートへと向かった。その間も、竜希は当然のように愛をささやいてくる。聞いているこちらが恥ずかしくなるくらいの甘い台詞だ。でも、うれしすぎて自然ににやけてしまう。「もうわかったから、やめろって」「嫌だね。俺がどれだけ佳晴さんを愛してるか、ちゃんと理解してもらわなきゃ」「理解してるから。変に嫉妬して、悪かったよ」「別に、それはいいよ。俺だって、嫉妬してもらえるのはうれしいからさ。でも、俺にはあんたしかいないの。他の奴なんかどうでもよくなるくらい、佳晴さんに惚れてるの。もう、あんたなしじゃ、生きられねえんだよ」ねっとりと告げる竜希の言葉に、僕の体は熱くなり、自身は股布を押し上げるほど主張している。(まったく、運転中なのにな……)僕は、軽く息をついた。早く彼に触れたい、抱きしめたい。焦燥感にも似た思いが込み上げ、ハンドルを握る手に力が入る。もちろん、安全運転は心がけているけれど。「なあ、竜希?」「ん? 何?」「どうして、そんなに僕を口説いてるんだ? もう堕ちてるのに」「さあ? どうしてだろうな?」他人事のように竜希が言った。ちらりと見た横顔には、困ったような笑顔が浮かんでいる。「まあでも、俺があんたに伝えたいだけだから。そんなに、重く考えなくていいんじゃねえの?」明るい口調で問いかける竜希。確かに、深刻に受け止めなくてもいいのかもしれない。「そうだな。竜希が僕を好いてくれてるんだから、それでいいか」「おう。で? 佳晴さんは?」「え、僕?」「そう。俺の事、好き?」「もちろん好きだよ。貴方の隣を、誰にも渡したくないくらいにはね」平然と言ってのける。でも、内心は、顔から火が出るほど恥ずかしかった。今まで、こんな台詞を言った事なんて一度だってなかった。なのに、竜希が相手だと、言葉が自然と溢れてくる。僕にとって、彼はすでに特別な存在になっていた。
相沢さんの黒い瞳に、野獣のような剣呑な光を認めて、もう逃げられないと確信した。恐怖を感じながら、心のどこかで楽しみにしている自分もいる。「あ……あいざわさん。おねがい……イかせて……」もう本当に限界で、僕は羞恥心をかなぐり捨てて懇願した。「ふふっ、いいぜ。でも、まだ挿れてあげない」相沢さんは意地悪くそう言うと、僕の足の間に頭を埋めた。「え……? ……あ゛っ!」
彼のペースに流されるままでいいのかと。理性が警告する。「くそっ!」僕は悪態をつき、相沢さんを見据える。「覚悟は決まったか? 佳晴さん」と、相沢さんは勝利を確信したように問う。「……ええ、決まりましたよ。貴方は、僕の心までは自由にできない」それではと、僕は彼に背を向けて歩き出す。「今の幸せじゃない状態が続いても?」彼の言葉に、僕は動きを止めてしまった。『幸せじゃない』それは、僕が常々、思っている事
(いや、まさか、そんな……あり得ないって!)一瞬、頭によぎった可能性を、僕は全力で否定してカクテルを煽るように飲む。ライチの爽やかな香りが、脳内をクリアにはしてくれる。けれど、目の前にある鍵の処遇については、何の解決策も浮かばなかった。僕は小さくため息をついて、他の席を眺める。カウンター席には、僕の他に一人の男性が座っていた。ボックス席の方に視線を向けると、カップルや友達同士らしい客が複数人いる。そんな中、一番奥の席に相沢さんの姿があった。(あ、いた!)
脳内に浮かぶ彼の指使いに合わせながら、僕は自身に指を這わせる。優しくなで、時に激しく上下させる。自分で触れているはずなのに、彼に触れられているように感じた。錯覚なのは、わかっている。けれど、彼に出会う前の自慰よりも快楽を感じていた。何度目かの絶頂の後、僕は荒い息のまま脱衣所に向かった。収まることを知らない下半身の疼きから、解放されたかった。肌に擦れる布の感触が、完全には引いていない熱を呼び戻す。敏感すぎる感覚を恨めしく思いながら、僕は服を脱いで風呂場に入った。熱いシャワーを頭から浴びていると、体内に残っている衝動がゆっくりと鎮まるのを感じた