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第7話 カクテルが二人の合図

last update publish date: 2026-03-25 16:10:00

自宅に戻った僕は、しばらくの間、自室でぼうっとしていた。

『次の土曜日の夜に』という彼の言葉と、手の甲に触れた唇の感触が忘れられない。

あの後、僕達が体を重ねることはなかった。とはいえ、緩い愛撫がエスカレートしないわけもなく、僕は彼を求めた。でも、自分でセックスはしないと言ってしまった手前、それを口にすることはできなかった。

視線で察したのか、相沢さんは「あんな事、言わなきゃいいのに」なんて言いながら、僕の股間に顔を近づけ、僕自身を口に含む。そのまま口でされて、達してしまった。それが、今から三十分ほど前の事だ。

「次の土曜日、か……」

カレンダーを見る。無意識に数えて、土曜日までが長いなんて思ってしまう。

まさか自分が、ここまで心待ちにしているだなんて思っていなかった。これではまるで、ホストに入れ込む女性客みたいだ。

「同性と、こんな関係になるだなんてな……」

乾いた声で自嘲する。

昔の自分からは、本当に考えられない事だった。体を重ねるのは、好きな人とだけと考えていた。それなのに――。

「――っ!」

先ほどまで触れていた彼の指の感覚が、鮮明に思い出され、僕は一人、声を殺して悶える。

無意識に手が下半身に向かい、自身に直接触れた。彼の手の動きを再現するように動かす。

(ぁ、やば……。気持ち、いい……!)

自分の体が作り替えられたことに、戸惑いはある。けれど、それ以上に、彼に教え込まれた快感が忘れられない。幸せを感じられるなら、体だけの関係でも悪くないとさえ思えてくる。

翌日から、日課だった篝火通いを土曜日だけにした。マスターと理沙さんに、何かあったのかとたずねられ、適当に誤魔化す。相沢さんとの待ち合わせだなんて、さすがに言えない。

仕事に戻る理沙さんと入れ違いに、相沢さんがやってくる。

「佳晴さん、いらっしゃい」

彼の爽やかな笑顔に、僕の胸は高鳴り、腹の奥が疼く。

「……どうも」

気恥ずかしさと欲情している事を悟られたくなくて、僕は素っ気なく返してしまった。

相沢さんの表情が、ほんの一瞬だけ曇った気がした。

何だったのだろうと思っていると、「ご注文は?」とたずねられる。

「あ、えっと……チャイナブルーとローストナッツをお願いします」

「かしこまりました」

うなずく相沢さんは、手際よく青く透き通るカクテルを作る。

「お待たせいたしました」

と、チャイナブルーとナッツの盛り合わせが、僕の目の前に出される。彼の声は、バーテンダーとしてのそれで。僕と彼の間に、見えない壁があるような気がした。

「……ありがとう、ございます」

そう言って、僕は青いカクテルに口をつける。いつも通りの味なのに、少し味気なく感じた。

ちらりと、相沢さんをうかがい見る。シックな制服姿が、相変わらず決まっていてかっこいい。

「どうされました?」

僕の視線に気づいたのか、相沢さんがたずねた。

「あ、いや……この前みたいに、ぐいぐい来ないんだなって思って……」

そう言った直後、僕は何を言っているのだろうと視線をはずした。

「へえ? 佳晴さんって、押しが強い人が好みなんだ? いい事、聞いた」

ふふっと、相沢さんは妖艶に笑う。

不思議なことに、その声音を聞いて、安堵している自分がいた。それに気づかない振りをして、僕は言葉を紡ぐ。

「そ、そんなんじゃ……! ただ、ちょっと気になっただけで……」

「慌てなくても、後でたっぷり……ね? それに、ここではそういう事はなし、なんでしょ?」

小声でたずねる彼に、僕は小さくうなずいた。

『ここにいる限り、指一本触れない』

それは、以前、僕が自分で言い出した事だ。まさか、ここにきて、過去の自分に腹を立てる事になるとは思ってもみなかった。

(でも……どうして、こんなにムカつくんだろ?)

腑に落ちなくて、僕はむすっとして黙々とナッツを口に運ぶ。

相沢さんの小さなため息が聞こえて、僕は彼に視線を向けた。

「まったく、子供みたいな拗ね方するなって。ここでは、あくまでも店員と客。あんたがそう言ったんでしょ?」

「それは、そうだけど……」

反論しかけて、彼の目が笑っていないことに気がついた。どうやら、相沢さんは、僕が彼に対して怒っていると思っているようだ。

弁解しようと口を開きかけた瞬間、

「相沢君、ご指名だよ」

マスターの声でタイムアップが告げられた。

「それじゃあ、また。ごゆっくり」

と、相沢さんがテーブル席へと向かっていく。

僕は、彼に手を伸ばしかけて、グラスに触れる。冷たい無機質な感触に、少しだけ冷静さを取り戻した。

なぜ、こんなにも胸がざわつくのだろう。今までは、すれ違っても何も感じなかった。でも、あの夜以来、相沢さんの影がちらつく。体は、確実に覚えている。彼の熱を、形を、感触を――。

もしかして、僕は、彼に沼っている……?

違うと否定するのは、さすがにもう無理だった。彼に会える土曜日の夜を楽しみにしているのだから。

諦めにも似たため息をつき、グラスを傾ける。のどに流し込んだカクテルは、不思議なほどに本来の爽やかさを取り戻していた。

先ほどの彼の言葉が、脳内で繰り返し再生される。そのせいか、飲み慣れているはずのカクテルで、いつもより酔っているような気がする。火照った体が、早くと彼を求めている。

「お待たせいたしました」

ふと、相沢さんの声が正面から聞こえた。

意識を向けると、彼がきれいな淡黄色のカクテルを僕の前に置いたところだった。

「え……あの、頼んでない……」

「このカクテルの名前、教えましたよね?」

口調はあくまでも仕事用だけれど、言葉の意味するところは、完全にプライベート用だった。

酔った頭でも、それが意味するところはすぐに理解できる。このカクテルの名前――ビトウィーン・ザ・シーツ。つまり、······だ。

僕は、無言でうなずいて、それを受け取った。

「よかった。もしかしたら、受け取ってもらえないかもなんて思ってました」

と、相沢さんは、ほっとしたような笑顔を浮かべる。

「そんなわけないじゃないですか。もう、···········

真正面から彼に告げて、僕は淡黄色のカクテルに口をつける。

強いアルコールに、わずかに眉をひそめる。けれど、すっきりとした甘さは、僕好みの味だった。

「僕……この味、好きだな」

なんて、思った事が口からこぼれてしまう。

「そう、ですか……」

と、相沢さんは面食らっていた。

「あれ、何か変な事を言いました?」

僕が小首をかしげると、彼はゆっくりと首を横に振った。

「変な事だなんて、とんでもない。お客様の反応が、想像よりも好印象だったので驚いただけです。それでは、···

爽やかなのに妖艶な笑みを浮かべると、相沢さんは次の客のもとへと向かった。相沢相談所は、今日も大忙しのようだ。

彼の後ろ姿を見ながら、カクテルを煽る。僕の股間が、ひくひくと布地を押し上げているのは、強いアルコールのせいだけではないだろう。

(何だか、変態みたいだな)

と、苦笑するけれど、それでもいいと思ってしまった。

カクテルを飲み干し、ナッツを完食する。スマホで時間を確認すると、午後十時三十分をすぎたところだった。

店を出ると、思いのほか、夜風が心地よかった。

自宅に戻り、シャワーを浴びる。彼に抱かれるなら、少しでもきれいにしておきたかった。

髪を拭きながら、スマホに表示されている時計を確認する。篝火が閉店するには、まだ少し時間があった。

彼の部屋に、すぐに向かうかどうかを思案する。でも、体の奥のどろりとした疼きは、待ってはくれなかった。彼の顔を思い浮かべるだけで、自身がひくりと反応してしまう。

「……行くか」

家を出ると、冷たい夜風が頬をなでる。

アパートの二階に上がり、静まり返った廊下を歩く。彼の部屋に到着し、インターホンを押した。案の定、返事はない。扉を背に座り込み、彼の帰りを待つ。

時折、車が通る音が遠くで聞こえた。しばらくすると、静寂が戻ってくる。僕の鼓動だけがうるさい。

落ち着こうとして、スマホ画面を見る。まだ十一時前だった。何だか、いつもより時間の進みが遅いように感じる。

(……どうして、こんなに待ちわびてるんだろう?)

わずかに見える夜空を見上げながら、ふとそんな事を考える。

また、あの悦楽を味わいたいのは事実だ。けれど、理由はそれ以外にもある気がする。それが何なのか、自分でもよくわからない。

小さくため息をついたところで、階段を登ってくる足音が聞こえてきた。

どきりと、心臓が跳ねる。階段の方へと視線を向けて、逸る心を落ち着けるように深呼吸を繰り返す。

しばらく見つめていると、足音の主が階段を登り切った。

「佳晴さん!?」

驚いた声を上げて、足音の主――相沢さんが、駆け寄ってくる。

僕が、尻についた汚れを落として立ち上がると、

「何で、こんなところで? 言ってくれたら、鍵、渡したのに……」

と、彼は申し訳なさそうな表情をする。

「ごめん。図々しいかと思って……」

僕は、申し訳程度に謝罪する。

「そんな事ないよ。ったく、しょうがねえな」

なんて言いながら、彼は僕に口づけた。

「……っ!」

ほんの少し触れるだけのキス。それだけで僕は欲情してしまう。

「おいで」

そう言われるまま、僕は彼の部屋に入った。

「……ん゛ぅっ!?」

寝室に通された直後、相沢さんに噛みつくようなキスで口を塞がれる。唇の隙間から、彼の舌が容赦なく入ってきた。歯をなぞられ、舌を絡められ、口内を舐め回される。それがとてつもなく気持ちよくて、思わず彼にしがみついてしまった。

「んっ……ふぁ……ぅ」

僕が漏らす甘い吐息さえも、彼に飲み込まれていく。

「あ……相沢さん、どうしたの? なんか……この前と、違う……」

どちらからともなく離れた後、僕は息も絶え絶えにたずねた。

「悪い、余裕ないんだ。誰かさんのせいでね」

ギラついた雄の顔で、相沢さんがそんな事を言う。

彼の言う『誰かさん』が、自分の事だと自覚する前に、腹の奥がきゅうっと疼いた。彼が欲しくてたまらない。

僕は、無言で彼にキスをした。彼に比べれば拙いかもしれないけれど、必死に舌を絡める。

一瞬、相沢さんは驚いたようだったけれど、僕を受け入れてくれた。

甘いキスで完全にスイッチが入った僕達は、ほぼ同時に服を脱ぐ。ベッドに行くと、僕は相沢さんの股間に顔を近づけた。

「おっと! 今日の佳晴さんは、積極的だね」

「相沢さんが……欲しくて……」

うわ言のように言って、上目遣いで彼を見る。

「……ったく、堪え性がねえな。じゃあ、佳晴さんの足、こっちにちょうだい」

相沢さんが、にやりとして言った。

僕が躊躇すると、

「俺も、佳晴さんの舐めたい」

いいでしょ? と、彼の視線が言外に告げる。

僕は、渋々といったふうで、彼の顔の前に跨がった。

「いい子だ」

そうつぶやく彼の吐息が、僕自身に当たり、ひくひくと戦慄いてしまう。

恥ずかしさを隠すように、僕は相沢さん自身に舌を這わせた。びくりと震え、彼が小さく声を上げる。

(気持ちいい、のかな……?)

そんな事をぼんやりと思った僕は、一気に相沢さん自身を咥えた。

「あ゛っ……! やば……気持ちいぃ……」

喘ぐように言うと、彼は僕自身を咥えた。

「ん゛ぅっ……! ふぅ……ん!」

相沢さんの温かい口内に包まれ、僕は彼自身を咥えたまま喘いだ。

僕達は、我を忘れて快楽を貪り合う。部屋に響く卑猥な水音と僕達のくぐもった喘ぎ声が、互いの欲望を昂らせる。

「よしはる、さん……挿れていい?」

切羽詰まった声で、相沢さんがたずねる。

僕は、相沢さん自身から口を離し、挿れてほしいと告げた。

すると、相沢さんは無言のまま、僕を後ろからいきなり貫いた。

「あ゛っ……! い゛……いき、なりは……っ!」

慣らしていなかったからなのか、裂かれるような痛みと質量の暴力に涙が出る。

「悪い。今、マジで余裕ないんだ」

そう言うと、相沢さんは激しく抽挿を繰り返す。

「ゔ、ぁあ゛っ……は、はげし……い、よ……」

甲高い僕の嬌声が、室内に響く。もう少しゆっくりにしてほしいと、喘ぎながら告げても、相沢さんは聞いてはくれなかった。

(息、できないっ……!)

酸欠のせいなのか、目の前がチカチカと明滅する。なのに、僕の腰の動きは止まらない。もっと……と、相沢さんを欲していた。

「あ、やば……イキそうっ……! よしはる、さんもイキそう? ケツ穴、ひくひく……してる!」

相沢さんに指摘されて、僕は自分が限界であることに気づいた。

「イ゛……く! も……むり……! あいざわ、さん……イ、かせて!」

「いいぜ。奥、出すから……受け止めろ、よっ!」

言いながら、彼は僕の最奥を抉り、欲望を吐き出す。

ほぼ同時に僕も果てた。じわりと染みる腹の奥の感覚に、幸せを感じながら。

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